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2020.11.30

2-3 石川県金沢病院・金沢医学専門学校

登録番号: 2.3 タイトル : 石川県金沢病院・金沢医学専門学校 年代: 出典: 明治43(1910)卒業アルバム 提供者: 附属図書館医学部分館  明治3(1870)年,金沢藩は大手町津田玄蕃邸跡(現在は金沢総合健康センター)に「医学館」を設立し,翌4(1871)年蘭医スロイスを迎えた。廃藩置県に伴い,明治5(1872)年に医学館はいったん閉鎖。明治6(1873)年,石川県金沢病院として発足。以来幾度か名称を変えながら,明治17(1884)年に石川県甲種医学校となる。明治20(1887)年の第四高等中学校設立に伴い,石川県甲種医学校は高等中学校医学部に移管統合される。明治25(1892)年,仙石町に第四高等中学校校舎が新築されるが,旧医学館は臨床講義場として使用される。明治34(1901)年,第四高等学校医学部は金沢医学専門学校となり,旧医学館は本校校舎となる。明治36(1903)年時点では,旧医学館を本校,四高内教場を第1分教場,小立野台に新築された金沢病院を第2分教場とした。破風部分中央の瓦には,MとAを組み合わせた(Medizin Apotheker Kunst)金沢医学専門学校のマークがみられる。明治45(1912)年,小立野の金沢病院に隣接し医専校舎が新築されたあと,旧医学館は乃木会堂などとして維持され,大正12(1923)年兼六園内に移築。現在は,兼六園管理事務所として使用されている。

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